ホテルを出たら雨が降っていた。傘は持ってきてはいない。天気予報では雨のマークなどなかったはずだ。真樹は雨空を見上げながらため息をついた。
「タクシーを呼ぼう」
圭吾は携帯電話のフラップを開き、耳にあてた。交わったあとの男の顔は、余分なものを削ぎ落としたような、つるりとした顔だった。
ホテルから少し離れた場所に、シャッターが閉まったままの喫茶店がある。圭吾は真樹の肩に手を置き、「あそこで雨宿りしましょう」といい、駆け出した。閉店した喫茶店の軒下に入り、真樹はぼんやりと車道を見つめていた。
「これからどうしようか」
圭吾は真樹に話しかけた。
「もう、帰らなきゃ。娘があと少しで学校から帰ってくるの」
「そうですか。じゃあ、駅まで一緒に」
真樹の肩をつかんだ圭吾は、自分のほうへと細い身体を引き寄せた。空から降る銀の矢が、アスファルトの上へと突き刺さるように落ちてくる。
雨が地面に落ちて弾かれていくのを見ながら、真樹はいった。
「次はいつ、会えるの?」
こんな幸せな気分は何年ぶりだろう。自分を温かく包み込んでくれる男性と巡りあったことは、運命といってもいいのだろうか。
真樹は圭吾の肩に頭を乗せ、男の言葉を待った。
「平日だと、夜しか会えないと思うから、来週の土曜日なんかどうです?」
たしか来週の土曜日、加奈は友達の家へ泊まりに行くといっていたはずだ。夫も休日出勤なはず。真樹はそのことを思い出し、口を開いた。
「大丈夫だと思う。だけど、一応メールするね」
次はどこでデートをするのだろう。そんな幸せな気分に浸り、真樹はキスをしようと圭吾の顔に近づいたとき、前からスモールライトを点けた車が来たことに気がついた。
「あっ、タクシーだわ。この続きは来週ね」
真樹は手をあげた。眼鏡をかけた運転手はこちらをちらりと見ると、無愛想な顔をして車を止めた。俺が仕事をしているのにあんたらは、って顔をして。
緋色の薔薇|森下朱月
真樹は結婚して七年、たび重なる夫からの言葉の暴力に耐えていた。ある日、何気なく始めた携帯電話のコミュニティーサイトで圭吾と知り合った真樹は、自分の悩みを相談しているうちに圭吾の優しさに触れ、圭吾も真樹に好意を抱き婚外恋愛が始まった。しかし、そんな幸せな時間にある衝撃が奔った。真樹は不倫相手、圭吾の子供を妊娠していたのだ。生まれてくる新たな命。その子供の為に母親となった真樹はあるひとつの決心をする。
抄録
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著者プロフィール
森下 朱月(もりした しゅづき)
北海道室蘭市出身。高校を卒業後、大学へは進学せず地元の運送会社に就職。北海道内を駈け巡る生活を送る。その後、大手鉄鋼メーカーに転職。現在に至る。五年ほど前から自身のブログでオリジナルの小説を発表。現在は仕事の傍ら日々、執筆活動に励んでいる。北海道の広い大地を自由気ままにドライブしながら物語の構成を練ること。ちょっと大人の恋愛小説と家族の絆を描いた作品を得意とする。
◆作家ブログ(外部リンク)









