「なんだ、元気そうじゃん」
あっけらかんと言い、響介が私の寝ているベッドの端に座った。心配して、わざわざ来てくれたのだろうか。
「ああ、全然大したことないんだ。ちょっと顔面でボール取ってみただけ」
私が上体を起こして肩を竦めると、響介が相好を崩した。
「なにそれ。バッカだなあ」
軽傷だと知るなり容赦なく笑い飛ばす響介に、私は目を吊り上げて「うるさい」と文句を言ってやった。
それでもまだ楽しそうに笑っている響介の横顔に、私は何だか感傷的な気分になる。
この笑顔ももう一香のものになる。私に向けられる事はないのかもしれない。
元の二人に戻るだけの事なのに、響介を知った今は、それを惜しいと思う自分がいる。
もしも響介が、一香と付き合わなかったら、私達はこのまま一緒にいられるのだろうか。ふとそんな邪な気持ちが浮かび、知らず知らず、私は響介のシャツを掴んでいた。
「渚?」
響介が不思議そうに見つめてくる。
私ははっと我に返り、らしくない自分の行動に戸惑った。こんな事をしたって、響介が私を選ぶはずなんかない。
慌てて手を離すと、その手を響介に掴み返された。私が驚いて瞠目すると、響介のいつになく真剣な瞳と目が合った。その目に吸い込まれるように、目が離せなくなる。
自分の中のなにかを壊されるような気がして怖いのに、指一本動かせなくなる。
「渚……」
掠れた声で名を呼ばれた時、私の背中に戦慄が走った。
響介の顔が近づいてきて、私の体は一気に体温が上がる。それでも動けず、ただ黙って目を閉じた。
柔らかい響介の唇が触れた。前より長い時間で、少し強めに押し付けられた。
ちょうど保険医が留守で、ベッドの上だった事もあり、私は気づくとその流れのままベッドに押し倒されていた。その瞬間、私は酷く動揺した。
こういった扱いを受けるのが、私は怖かった。この時の私は、自分が女だという事を誇示するのを酷く恥じていたのかもしれない。
驚きのあまり、私は妙に低い声で響介に言っていた。
「どけよ」
そして響介の肩をどけるように押すと、響介がばつが悪そうに体をどかした。
響介があっさり引いてくれた事に安堵しながらも、私の肩が今さらガタガタと震え出した。それを見て、響介が「ごめん」と謝った。
「怖がらせるつもりはなかったんだけど」
そう言って私の頭をさりげなく撫でようとした響介に、私はビクッと竦み上がってしまった。過剰反応する私を見て、響介が驚いたような顔で言った。
「まさか、雄大ともした事ないのか?」
顔がカッと熱くなる。私は恥ずかしくて死にそうになった。
軽いキスなら何度かした事がある。だけどそれ以上はない。私達は、いわゆる清い関係だった。まるで子供騙しのような、うわべだけの恋愛ごっこでしかなかった。
私は誰かにそうされる自分を想像できなかったし、雄大だって、私としたいとは思わなかったに違いない。だってこれまで一度も、そんな空気にならなかった。
いや、私がそうならないようにしていたのかもしれない。無意識のうちに、予防線を張っていたのかもしれない。
それに雄大は一香が好きだった。
「……私みたいなのに、したいと思わなくて当たり前だ」
私の卑下した言葉に、響介がたまらなさそうな顔をした。
「お前、もっと自分の事よく自覚したほうがいい」
響介の言葉の意味がわからず、私が怪訝な表情をすると、響介が困ったように笑った。
「そんな風に自分を蔑むなよ。自分を安売りする必要なんてない。渚はいつも、凛としてて綺麗だと思うよ、俺は」
セカンドガール|羽咲らいら
嫌な奴だと思っていた。苦手だったはずなのに――。高校生の四角関係。渚を振った雄大は、親友の一香と付き合うと言う。その一香と付き合っていた響介は、渚にとって苦手な人物だった。ところが響介に自分達も付き合おうかとそそのかされ、渚はくだらない挑発に乗ってしまう。しかし徐々に近づく互いの距離の中で、気付くと惹かれている自分がいた。まがいものの恋愛と友情の狭間で芽生えたのは、小さな真実の恋だった。
抄録
スイーツ文庫 セカンドガール 価格 315円(税込)
著者プロフィール
羽咲 らいら(はねさき らいら)
大阪府出身大阪府在住。執筆歴は約三年。それまでは小説より断然漫画派だったので、この業界の知識も浅い。好きな事はとことん没頭するが、苦手な事はとことん無頓着。面倒くさがりで、極度の「機械音痴」。警察ものややくざものなど、アクション要素の高いものが全般的に実は好み。関西人ゆえか、本能的にオチに拘る。現在幼い三児の母でもある。著書に『LOVE TRAP』。
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