二人の庭に、初恋の花が咲く。
その種が実る日は、いつのことか。
遠くに見える山々には濃い緑が生い茂り、太陽は一年で最も高くなる、六月――。
朝七時。この春、高校に入学し、誕生日を迎えたばかり十六歳、佐倉日向《さくらひゅうが》は新しい夏のシャツに身を包み、シューズの紐を締める。
「夕真《ゆうま》、そろそろ親父起こしてやれよ。朝メシ出来てるから。あと今日、コンビニのバイトの日だから。夕飯、昨日の残りだけじゃ足りねえなら、自分でなんか作れよ」
朝からまるで母親のするような指示を小学六年生の上の弟、夕真に向けて飛ばすと、日向は鞄を肩から提げて立ち上がる。
「はいよ」
洗面所から顔を出しながら、眼鏡を掛けつつ答える夕真に続き、
「にーちゃん、いってらっしゃいー」
女の子と間違えられることのある顔立ちの、小学校二年生の下の弟、陽太《ようた》が部屋の中から大声で叫ぶ。
このような会話となるのも、この三兄弟が六年前に母親をなくしているからだ。また彼らの父親も地元の土建会社に勤めているがこの不況であまりよい稼ぎとは言えず、そのため三人は協力し合って自炊等の家事をしっかり行い、長男の日向はアルバイトもして、慎ましやかな生活をしているのである。
家を出た日向は、弟たちに気付かれないよう左手にある塀の向こうをちらりと見る。苔の生えたその塀の向こうからは、隣の家の敷地にある桜の木が枝を伸ばし、小さな赤い実を初夏の朝の風に揺らしている。
――水曜日は、この時間じゃなかったかな。
「いってきます」の細い女性の声を期待するのが聞こえない。彼は軽くため息をつくと、ゆっくりと歩き出した。
隣同士のうえに、相手は今年成人する身。高校生と恋仲になっているなどと、彼女が近所に悪い噂を立てられることは避けたい。放任主義な日向の父親はいいにしろ、真面目そうな彼女の両親も嫌な思いをしてしまうだろう。